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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)316号 判決

控訴人(被告) 日健商事株式会社

右代表者代表取締役 江本和雄

右訴訟代理人弁護士 石崎泰男

被控訴人(原告) 有限会社池田商事

右代表者代表取締役 池田賢蔵

右訴訟代理人弁護士 田代長

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張ならびに証拠の提出、援用、認否は、控訴人において、当審証人日戸規夫の証言を援用したほか、原判決事実摘示と同一(ただし、原判決二枚目表四行目に「1原告は、金融業を営む会社であるが、」とある次に「昭和五四年六月一九日、訴外野地昭男との間で、同人所有の原判決別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)につき、債権の範囲を「証書貸付取引、手形貸付取引、手形割引取引、手形債権、小切手債権」、極度額を三、〇〇〇、〇〇〇円とする根抵当権設定契約を締結し、その後、同年八月七日極度額を五、〇〇〇、〇〇〇円に変更し、それぞれその翌日、登記を経由した。2被控訴人は証書貸付により」を加え、同裏初行から六行目までを削除し、同末行に「二番地五号」とあるのを「二番五」と改め、同行の最後に「建物所有の目的で」と、同三枚目表三行目の「四月二六日」の次に「表示登記、同年五月二八日」と加え、同四行目の「原告」から同五行目の「取毀したことにより」までを「右本件建物の取毀しは、控訴会社代表者小玉健五が職務上命じて行ったものであるが、当時、小玉は、被控訴人が本件建物について右根抵当権を有することを知っていたか、または、当然行うべき調査を行わなかったためにこれを知らなかったものであるから知らなかったことについて過失があったものであり、被控訴人はこれによって右」と、同七行目から九行目までを「(1)被控訴人の右根抵当権は、本件建物及びこれに従たる権利である右借地権に及ぶものである。」と改め、同四枚目表三行目の「被告に対し」の次に「控訴会社代表者小玉健五がその職務を行うについてした右」と加え、同末行に「被告」とあるのを「控訴会社代表者小玉健五」と改め、同裏七行目の「一、二、三」の次に「(いずれも本件建物の敷地の写真である。)」と、同五枚目表一行目の「不知、」の次に「第三号証の一、二、三が被控訴人主張のとおりの写真であること及び」と加える。)であるから、これを引用する。

理由

一、請求原因4の事実及び控訴会社において本件建物を取り毀したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証、原審証人藤代誠の証言及びこれにより成立を認める同第六号証の一ないし四、当審証人日戸規夫の証言によると、

求原因1、2の事実及び控訴会社は、昭和五四年九月八日、訴外野地昭男から本件建物を買い受け、同月一三日その旨の所有権移転登記を経由したが、その数日後、控訴会社代表取締役小玉健五が現場で指揮をして、被控訴人に無断で本件建物を取り毀したものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。したがって、被控訴人は、本件建物の取毀しにより右根抵当権が消滅するに至ったため損害を蒙ったことが明らかである。

二、成立に争いのない甲第二号証、当審証人日戸規夫の証言によると、控訴会社は不動産業者であり、本件建物の敷地二六五平方メートルを含む島根正太郎所有の約六〇〇坪の土地を他に転売する目的で島根から買い受けたが、その地上には野地所有の本件建物が存在したので、同建物をも買い取った上でこれを取り毀し、右土地全体を更地として売却するため、島根との土地買受の交渉と並行して野地との間で本件建物買受の交渉を行い、土地と建物の売買契約がほぼ同じころに成立したこと、控訴会社において、島根及び野地との契約締結の交渉に当たったのは控訴会社で不動産売買の契約締結の職務を担当していた日戸規夫であるが、同人は、野地との交渉の過程において、野地は島根を含む複数の債権者に相当多額の債務を負担しており、そのうち島根に対する債務のみでも約一三、〇〇〇、〇〇〇円にのぼっていることを野地から聞かされており、野地に対して控訴会社が支払った本件建物代金三、五〇〇、〇〇〇円も、日戸の立会いの下に、そのまま島根に対する債務の弁済として野地から島根に支払われたこと、日戸は、本件建物の買受に際し、被控訴人のための根抵当権が存することについては、野地から何ら説明を受けず、登記簿も閲覧せず、登記簿謄本を確認することもしなかったため全く知らなかったこと、日戸は、控訴会社に対する所有権移転登記手続のため、野地から本件建物についての野地名義の登記済証を預かり、これを司法書士に交付して右手続を委任したが、その際も、右登記済証の記載内容からは抵当権が存在することに気がつかなかったこと、日戸は右登記手続の後、まだその旨の登記の記載のある登記簿謄本の交付も受けられない間に、直ちに、小玉健五に対し契約の締結ができ、移転登記手続をした旨の報告をし、その報告を受けた小玉は、その数日後に、自ら現場で指揮をして本件建物を取り毀したこと、控訴会社においては、小玉も、日戸も、右取毀しの後一両日経ってようやく本件建物の登記簿謄本の交付を受け、初めて被控訴人のための根抵当権が存在することを知ったこと、控訴会社は、島根から買い受けた約六〇〇坪の土地を、昭和五四年一〇月ごろ他に転売したことを認めることができ、他に右認定に反する証拠はない。

したがって、本件建物の取毀し当時、日戸においても、小玉においても、被控訴人のための根抵当権が存在することは知らなかったものと認められるが、本件のように他人が所有していた建物を買い受けて取り毀すに当たっては、それに先立って、その建物について第三者の権利が存在しないかどうかを十分調査し、そのような権利が存在しないことを確認した上でこれを行うべきであり、特に本件建物のように登記がされている建物の場合には、その点を登記簿によって確認することが当然必要であって、建物の構造がどのようなものであってもそれによって異なるところはないといわなければならない。そして、弁論の全趣旨によれば、控訴会社は、さして大規模の会社ではないことがうかがわれる上、不動産業者であって不動産の権利関係の調査等については知識、経験を有し、ごく容易にこれを行い得たものであり、島根の所有土地に関する右取引は相当高額のものであって、控訴会社代表者においても、日戸が本件建物について、野地との売買契約を締結し、司法書士に依頼して所有権移転登記手続をとった直後、その旨の報告を受け、建物の取毀しも自ら現場で直接指揮して行っている状況にあるのであるから、小玉としては、取毀しを指示し、指揮するに当たっては、右のような点について、登記簿の調査を含む十分な調査、確認がなされていることを自ら確かめた上でその指示をするべきであったのにこれを怠ったため、被控訴人のための根抵当権が存在することに気づかないまま、本件建物を取り毀し、右根抵当権を消滅させるに至ったものというべきである。してみると、控訴会社代表者小玉健五は、その職務を行うにつき過失により被控訴人の根抵当権を侵害したものというべく、控訴会社は、これにより被控訴人の蒙った損害を賠償すべき義務がある。

三、そこで、損害額について検討する。

成立に争いのない甲第二号証、同第五号証の二、三、原審証人藤代誠の証言及びこれにより成立を認める同号証の一、当審証人日戸規夫の証言によると、本件建物は昭和五五年度の固定資産家屋課税台帳になお登録されており、その評価額は一、六一九、六〇〇円となっているが、昭和五四年当時においても、その実際の価格は二、〇〇〇、〇〇〇円以上であること、本件建物の敷地に近い越谷市東越谷二-九-三の土地の昭和五四年度の公示価格は一平方メートル当たり七二、六〇〇円であるが実際の売買価格はこれを上回っていること、したがって、前記敷地についての借地権付の本件建物の時価は、昭和五四年当時少なくとも一〇、〇〇〇、〇〇〇円を下らなかったことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。そして、前記認定のとおり、昭和五四年九月当時、野地は、多額の負債を負担していたばかりでなく、右認定の事実によれば、控訴会社においては本件建物を取毀しの目的で買い受けるものであることを知悉しながら、控訴会社の買受交渉に応じ、被控訴人のための前記根抵当権が存在することを告げずにこれを売り渡すという挙に出て担保の目的物を滅失させるに至らしめたものであるということができ、したがって、本件建物の売却当時、右根抵当権の基本となる被控訴人と野地との間の継続的取引は客観的にはもはや継続すべき状態になく、新たに右根抵当権の担保すべき元本は生じない状況にあったものというべきであり、しかも、被控訴人の野地に対する前記貸金債権の弁済期は既に到来していたのであるから、本件建物に対する根抵当権の消滅によって被控訴人の蒙った損害の算定については、根抵当権消滅当時被控訴人の有した右債権額を基準とすべきものであるが、当時における借地権付の本件建物の価格は右のとおり一〇、〇〇〇、〇〇〇円を下らなかったと認められるから、被控訴人は少くとも右貸金元本四、五〇〇、〇〇〇円相当の損害を蒙ったものというべきである。

四、よって、控訴会社に対し、右損害の賠償として金四、五〇〇、〇〇〇円及びこれに対する右不法行為の後である昭和五五年三月一五日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める被控訴人の本訴請求は理由があり、これを認容した原判決は相当であるから、本件控訴は棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 園田治 裁判官 菊池信男 柴田保幸)

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